
ただ、それだけではない気がします。
どうにもならない気持ちで飛ばした夜の道。
実家を出て最初に住んだ街を、わくわくしながら巡ったこと。
はじめて自分の足でペダルを漕いだ息子の顔。
保育園の帰り、後ろに乗る娘と一緒に見た夕焼け。
世界がどれだけデジタルになっても、自分の足で漕ぐ。
アナログな乗り物には、だから、人のこころが詰まっていると
私たちは信じてこの連載をはじめました。
あの人と、自転車からはじまる話をします。

前田さん:
「自転車、好きです。電車やバスと違って、ゆっくりでも速くても、自分の速さで進めるところが。
最近の東京は、駅と駅の中間にいい場所が増えてきましたよね。だから、都内の移動は自転車が便利だと思う。
それに私、ケチなんです。電車やバスの乗り継ぎが多いと、いくらかかるかなって考えちゃう。自転車はお金がかからないから、気楽でいいです。
海外の芸術祭や、街中での芸術祭を見にいくときは、自転車を借りることも多いです。街単位の広い会場の中にある作品を見て回るのにちょうどよくて。
だから、自転車に乗れてよかった」
モデル、文章、写真、ペインティング。幅広いジャンルで活躍する前田エマさんは、自転車に乗ることを、あえて「乗れる」と言いました。
前田さん:
「出身は川崎です。といっても工業地帯や埋立地ではなく、5分も歩けば東京に行けるような、中途半端な川崎。幼い頃から地元では、友達と遊びにいくのに自転車がマストでした。それがないと公園にもショッピングモールにも行けなかったから。
まだ3、4歳くらいの頃、補助輪なしの自転車をピューっと漕ぐ幼馴染を見たときに、とてもびっくりしました。うらやましくて、私もそれから練習をはじめました。
なんでも器用にできる子っているじゃないですか。その子はそういうタイプ。運動神経もよかったし、文字もすぐ書けるようになっていました。でも私はそういうタイプじゃないから、乗れるまでには、普通にしっかり時間がかかって。
あれって、親のおかげですよね。だってひとりでは練習できないから。うちは共働きなので、週末になるといつも母が練習に付き合ってくれました。家の前にある土手で、手、離さないでよって。何度も言っていたのを思い出します」
「できないこと」だらけの子ども時代

前田さん:
「頑張ってもできないことがたくさんあります。
たとえばいまだに九九は全部言えません。右と左も時々わからなくなっちゃうし、都道府県や地名も覚えるのが苦手……。
大人になると、できないことがあっても、できることで誤魔化していける場面が増えるじゃないですか。でも、子どもの頃はそうはいかない。学校ではみんな同じことをやらなきゃいけなくて、九九が言えるか、言えないか。目の前にできないことを突きつけられるんですよね。
学校で習うことが10あるとしたら、私は、そのうち9はできなかった。あ、これもできない。これもできないって。毎日が ”できない” の連続でした」
できなくても「続けること」はできた

「ただ、できないということをマイナスにとらえていたわけでもないんです。
両親が『できないことがあるというのは、個性のひとつだ』という考えだったんです。普通、できることを個性だっていうじゃないですか。その逆。9個できないことがあるなら、9個の個性があるってことだからいいじゃないって。
だから私も、このままの自分でもいいんだ、って思って生きてこられたんだと思います」
できないけれど、できないまま10年以上続けてきたこともあるといいます。
前田さん:
「続ける理由は、続けていればいつかはできるようになるって信じているからではないんです。できないままのことも、たくさんあります。
でもとりあえず続けていれば、10年前よりは少しわかることがあるかもしれないとは思っています。続けるということは、私にとって『できること』なんですよね。
保育園からはじめたピアノは14年間も習っていました。私よりも何年も後に習い始めた子たちに、あっという間に追い越されて。それなのに、みんなは数年で辞めていったんです。
2曲だけですけど、私には今でも弾ける曲があります。
たぶん最低10年。そのくらいは続けないと、わからないことってあると思います。飲食店でのアルバイトも10年以上続けていますが、最近、やっと接客のやり方みたいなものがわかるようになってきた気がします。昔の自分と比べたら、確実にレベルアップしていると思う。
韓国語の勉強もずっと続けています。毎日やっているのに、なんでこんなにできないんだろうっていつも思っていますけど」

前田さん:
「文章が得意だと思ったことはないけど、最近出版したエッセイ集を読み返していて、小さい時から書くっていうことは好きだったのかなと思いました。というか、文章を書くっていうことに対してすごく敏感だったという方が近いかな。
書くことで誰かを傷つけるんじゃないかとか、自分の心の中にあることが、なくなってしまうんじゃないかとか。そういうふうに感じる子どもでした。
本を読むことも、どちらかといえば幼い頃から好きでしたが、夢中になったのは高校時代。
高校がすごく嫌だったんです。先生の言ってることもつまらなかったし、制服も授業も全部いやだった。だから本を読むことでバリアを作ってたんだと思います。それがないと頭がおかしくなりそうだった。なので、ずっと本を読んでいました。
3日で2冊くらいのペース。授業中も教科書の下に本を隠して読んでたし、登下校の間もずっと。
学校に小さな図書室があって、そこで片っ端から本を借りて読んでました。現代小説の作家さんで、『あ』からいくと最初は赤川次郎。そこから順にあ、い、う、え、お…と。当時は暇だったから、本当に端から全部読んでいましたね。
好きだと思う作家に出会えたときは嬉しくて。反対に全然わからない文章もあったけど、苦手な作家でも飛ばしたりはしませんでした。
人と話すことが得意なわけではないんです。人付き合いは苦手だし、人見知りもする。でも、いろんな価値観があることを知ったり、他人との交流を通して、知らなかった風景を見たりすることは、子どもの頃から好きでした。
自分のことを知るときって、自分以外の誰かの存在が必要じゃないですか。誰かの言動に違和感を持ったり、誰かのことを特別に感じたり。そういうことから自分を知るのはおもしろい。
だから私は飲食店でずっと働き続けてるんだと思います。接客業なんて、人生で一番苦手で『できないこと』のはずなのに」
「自転車に乗れてよかった」

「人って自分が『できる』ことほど認識できていないと思うんですよ。できることが当たり前で、つまずいたことがないから。
たとえば、子どもの頃のドッチボール。エッセイにも書きましたが、私はあれがとにかく苦手で。あんな残酷なものをなんで毎日のように学校でやらなきゃいけないのか不思議でした。いつも、早く顔にボールがあたればいい、保健室に行きたいと思っていた。
でも、エッセイを読んだ人から『そんなこと考えたこともなかった』って言われて。得意だと、そこに違和感を感じたり、何かを考えたりするきっかけがなくなるんだなと思ったんです。
私はできないことや嫌いなことが多いから、いつもなぜできないのか?嫌いなのか?を考えていて。でも今思えばそれが、自分を知ることにも繋がっていたのかもしれません」

「この間、自転車で前から気になっていたお店に行ったんです。小さなカウンターのあるお店に、いろんなお惣菜が並べられていて、いいところでした。
でも、なんという駅にあった店だったのかは覚えていません。店の名前もうろ覚えです。
それでも、自転車があればそこへは行けるから。私は自転車に乗れてよかった」
最短経路でなく、途中で寄り道して、倍の時間をかけたっていい。目的地にはいろんな行き方があるのだとしたら。
自分の中にある「できること」を使って、一歩一歩進んでいく。前田さんの漕ぎ方は、生き方にも重なる気がしました。
写真 / 橋原大典
衣装協力 / PERNA(チュールギャザーキャミソール GRY)¥24,200(税込)




















