Life on two wheels 自転車の話をしよう

「自由な道がある」 / 宮本裕人さん・井上麻那巳さん

自転車の話をしよう | 2026.02.27

自転車とはどんなものでしょうか。乗り物。移動手段。
ただ、それだけではない気がします。

どうにもならない気持ちで飛ばした夜の道。
実家を出て最初に住んだ街を、わくわくしながら巡ったこと。
はじめて自分の足でペダルを漕いだ息子の顔。
保育園の帰り、後ろに乗る娘と一緒に見た夕焼け。

世界がどれだけデジタルになっても、自分の足で漕ぐ。
アナログな乗り物には、だから、人のこころが詰まっていると
私たちは信じてこの連載をはじめました。
あの人と、自転車からはじまる話をします。

宮本裕人さん(ジャーナリスト / 編集者)、井上麻那巳さん(アートディレクター / デザイナー)
東京拠点の出版スタジオを運営するユニット。ミスフィッツのストーリーを伝える雑誌『Troublemakers』をはじめ、『フェミニズム×デザイン』『吃音プライドムーブメント』など、世界におけるマイノリティが抱えるさまざまなテーマを取り上げ、本を作る。

科学者からジャーナリストへ。迷いながら進んだ道

 

飛行機で偶然隣り合わせた紳士との会話がきっかけで、人生が動いた。まるでドラマのようなエピソードとともに、インタビューが始まりました。

 

Troublemakers ーーーーー直訳すると「問題を起こす人」という名の出版スタジオを2024年に立ち上げた、編集者の宮本裕人さん、デザイナーの井上麻那巳さん。この世界にいる “はみ出し者” の語りを本に綴り、届けています。

宮本さん
「元々は科学者になりたいと思っていました。動物が好きで、大学では生物学を学びました。勉強は好きでしたが、座学から実験に移った時、自分には向いていない気がしてしまったんです」

 

歩もうと思っていた道は、どうやら自分のものではない。これからどうしようと考えていたとき、くだんの飛行機での出会いがありました。

 

宮本さん
「ニュージーランドへ農場のボランティアに行こうとして乗った飛行機で、隣に座っていたのがその男性でした。2011年の2月。東日本大震災の少し前だったのを覚えています。僕が飛行機の中で『ナショナルジオグラフィック』を読んでいたら、話しかけてきてくれて。若い人が紙の雑誌を読んでいるのが珍しかったんでしょうね。

 

博識で、話すこと一つ一つがおもしろくて、なぜそんなに色々なことに詳しいんですかと尋ねたら、編集の仕事をしているからだと言うんです。あるテーマや領域に、広く薄く詳しくなる、期間限定の専門家のように色々なことを学んでいくのが編集の仕事だと。魅力的に感じました」

たった10時間のフライトが、その後の人生を変えるのだから不思議です。その時男性から教わった “科学ジャーナリスト” という職業に惹かれ、帰国後はジャーナリズム大学院へ通い始めた宮本さん。メディアの世界に足を踏み入れ、次第に気持ちは雑誌の編集へと動き、いくつかのインターンを経て初めて就職したのは、憧れの雑誌を作る出版社でした。

 

 

遅くまで雑誌を作り、深夜の渋谷を漕いだ日々

 

がむしゃらに働いたといいます。人生でいちばん自転車に乗っていたのもこの頃。毎日仕事が終われば白いトーキョーバイクに乗り、深夜の街を漕ぎました。

宮本さん
「当時働いていた編集部は渋谷にあって、僕は東北沢に住んでいました。電車通勤が嫌で、自転車で20分くらいかけて通勤していたんです。必然的に終電という概念がなくなるから、いつも深夜1時や2時まで会社に残っていましたね」

 

空腹で立ち寄った深夜の中華料理店、ふだんの暮らしでは接点のない人びとを横目で見ながら堅焼きそばを食べたこと。明け方まで残った校了日には、明るくなりはじめた空の向こうを見ながら宮益坂をくだったこと。

 

「明治通り沿いにあるヒューマントラストシネマの横をくだって、そこからまたパルコのところまで坂をのぼって、またサイドエリアをくだって、山手通りをのぼって……」疲れ切った体で毎晩ふらふらになりながら漕いだ道のりを、今も正確に覚えているように言葉でなぞる宮本さん。大変だったという日々。それでもそれは、迷いながら見つけた確かな道だったのだろうと想像します。

 

 

大人になるまで、自転車に乗れなかった

 

一方井上さんは、独学でデザインを学び、デザイン会社で働いたのちに独立。印刷物のデザインや、商品のネーミング、ブランディング、デザイン周辺のあらゆることを手がけてきました。はたから聞けば、迷いなく進んできたように思えるキャリア。幼い頃から「好きなことしかやりたくなかった」という彼女の一本気な性格は、ある自転車のエピソードにもあらわれています。

 

井上さん
「実は20代になるまで自転車に乗れませんでした。子どもの頃、一度はみんなと同じように練習したんです。でも何度か転んで痛い想いをして、こんなものには一生乗らなくていい!と。以来友達と出かけるときも、私だけは頑なに電車やバスで移動してきました。

 

大人になって街の中心部でひとり暮らしをはじめたとき、ふと自転車に乗りたくなりました。でも、今さら練習するのを見られるのは恥ずかしくて、明け方、新聞配達のバイクが走り始める前に起きて練習する日々を数ヶ月続けました」

 

周りに比べれば20年近く浅い自転車歴。だからか、自転車は「自分が自分以上に拡張されて、パワーアップしたような気持ちになる道具」だと。それに乗ることを、今も瑞々しく新鮮に捉えています。

 

小学生の頃には、全員参加のマラソン大会が理不尽に思え、レースの途中、抜け出して家に帰って来たことがあるとか。

 

誰もが無意識的に歩む道に、立ち止まり「やらない」選択ができる。歩んできた道は違っても、二人に通じているのは、自分に正直であるということなのかもしれません。

 

 

自分たちみたいな “ミスフィット” に向けた本を作る

 

そんな二人が作る「Troublemakers」。雑誌が生まれたきっかけは、題名にもなったこの言葉との出会いでした。

 

宮本さん
「創刊号でもとりあげた、スイスのFuturessというデザインチームが主催するオンラインワークショップの名前が『Troublemakers Class』でした。

 

ある時、この言葉を見かけて、そこには『デザイン業界のmisfits(ミスフィッツ=はみ出し者)やkilljoy(キルジョイ=場をしらけさせる人)のためのサポートネットワークです』と説明が書かれていました。その “Troublemakers” という響きに、ふたりして惹かれたんです」

 

もしもこの言葉をタイトルに雑誌を作るなら? そこから2年にわたる構想がはじまり、2024年、1冊目の「Toublemakers」が生まれました。誌面で話を聴いたのは、トランスジェンダーの女性、アイヌにルーツを持つ人、離人感覚をもつアーティスト。社会でマイノリティとされがちな人々の語りに耳を澄ませ、その声を丁寧に取り上げています。

 

 

宮本さん
「はみ出し者にフィーチャーすることがこの本の目的ではありません。むしろ “はみ出し者” とは皆のことで、誰もがはみ出しているというメッセージを届けたいと思っています。副題にある”Embracing Misfits” というコピーには、自分のはみ出している部分を抱きしめてあげよう、という意味が込められているんです」

 

 

誌面のコンセプトは「ミスフィッツ(はみだし者)のストーリーを伝える」。日本語で「はみだし者」としましたが、その訳に100パーセント納得しているわけではないと二人は言います。あくまで「misfits(ミスフィッツ)」という言葉を選びたいと。それはフィットと対等なものとしてのミスフィット。何かからはみ出ることはマイノリティではなく、はみ出ないことと同様に「選べる」ものだと、そんな思いを感じます。

 

 

井上さん
「たとえばクッキーの型のようなものがあったとして、生きている人間は皆そこにおさまらないものだと思うんです。型通りにぴったり抜ける人なんて一人もいない。みんなちょっと足りなかったり、はみ出したりしているんじゃないかって。私たちだってずっとそうでしたし、型通りでいてたまるかって、心のどこかで思っているような気がします」

 

 

科学者にはならない。マラソンは走らない。決められた型におさまらないクッキーを、そのままの形で焼き上げたから、今がある。長いものに巻かれることを強いられる世の中で、彼らは手を動かして、彼ら自身のような “troublemakers” に向けて本を届けているのかもしれません。

 

 

宮本さん
「2号目を出したとき、エディターズレターに麻那巳さんが『この雑誌は自分たちの居場所のようなもの』と綴っていて、共感しました。この雑誌を作ることで、自分たちははじめて思うことを表現できた。その意味でこれは居場所に近いものだと僕も思います。

 

それにこれは個人的な解釈ですが、自転車にもそれに近いものがあると感じています。

 

取材の依頼をいただいたとき、なぜ自分がトーキョーバイクに乗るようになったのかを改めて考えてみたんですね。昔、日本仕事百貨という求人サイトにトーキョーバイクの記事があがっていて。そこに『街に路地を見つけたら、そこについ入ってみたくなってしまう。そんな人がトーキョーバイクには向いています』という言葉があって、それに共感したことがきっかけだったと思い出しました。

 

電車にはレールがあるけれど、自転車には決まった道がありません。ふとした路地や小道にも、気の向くままに入っていってもいい。

 

好きなように漕いでいける自転車は、自分が思う方へ進めるようにエンパワーメントしてくれる自由の象徴に思えて、だから僕は、自転車が好きなんです」

 

自転車は正直です。ハンドルを右に切れば右へいき、左へ切れば左に、ブレーキを握れば止まる。電動ではないそれを動かすものは、シンプルに自分の意思。そこには怖さとともに、無数の道を選べる自由があり、誰かが舗装した道路ではない自分の道には、想像もできない景色が待っている可能性があります。

 

あの日飛行機で隣り合わせた紳士の話に心動き、思い切って踏み出したから今があるように。人生は “trouble” があるから面白いと。それぞれの自転車に乗りペダルを漕ぐ二人の姿は、本を作る二人と重なり、凛として見えました。

 

 

 

編集・文 / 瀬谷薫子
写真 / 橋原大典
この記事に登場する自転車

TOKYOBIKE 26
程よい前傾姿勢で、軽いこぎ出しが心地よいスタンダードモデル。8段変速付きでスポーツ自転車が初めての方にもおすすめです。

この自転車について詳しく

TOKYOBIKE CALIN
身長140cm〜170cm対応のフリーサイズモデル。小ぶりなタイヤは曲がり角や坂道でも負担が少なく、街散策に最適。

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