この街に店を残したい — ひとりのスタッフの声から生まれた、育てる店「tokyobike 谷中 Soil」
Staff Note | 2022.04.01
2022年3月4日、東京都台東区谷中に「tokyobike 谷中 Soil」がリニューアルオープンしました。
「tokyobike 谷中 Soil(以下、谷中 Soil)」は、”⻑く使うを大切にする”をコンセプトとしたトーキョーバイクの直営店。長らく本社オフィスとして使ってきた場所を活かし、新車の販売や修理メンテナンスだけでなく、ユーザーから引き取った自転車を整備し、販売することも始めます。
谷中には、かねてからトーキョーバイクの直営店舗がありました。しかし、建物の契約上、2021年に営業を終了し、当初は清澄白河へと移転する予定でした。
そんな中、「谷中に、トーキョーバイクの店舗を残したい」と声を上げたひとりのスタッフの行動がきっかけとなり、「谷中 Soil」が新しく誕生することに。
清澄白河への移転ではなく、なぜ谷中に新店舗を開いたのか。
そこまでの経緯や、「谷中 Soil」を通してトーキョーバイクが伝えていきたいことを、発起人となったトーキョーバイク・本多の言葉でお届けしていきます。
今回の対談に際し、聞き手役をライターの飯田さんに担っていただきました。
飯田光平。on the hill 代表。本屋で働きつつ、編集やライティングを行う。
https://onthehill.work/
はじめは、新車の販売に違和感を覚えていた
本多
もともと、谷中には直営店として一番歴史の長い店舗があったんです。僕も、そこで店長をしていました。その店舗が建物の契約上、大家さんにお返しすることになったんです。清澄白河に新店舗ができるタイミングだったので、はじめはそこに移転する予定でした。
ー いまお話を聞いているここ、「谷中 Soil」とは別の場所にお店があったんですね。
本多
はい、そうなんです。ここは店舗ではなく、トーキョーバイクの事務所として活用していた場所なんです。
ー 事務所だった場所を、新たに谷中の直営店として改装することにした。お話にあったように移転するのがスムーズだと思うのですが、なぜ新店舗を構えることに?
本多
長く愛されてきたお店だったので、谷中にはトーキョーバイクのユーザーがとても多いんです。自転車は「販売したら終わり」ではなく、修理が必要な乗り物です。トーキョーバイクのユーザーが多いこの土地で、アフタフォローができなくなるのはユーザーにとっても不便ですし、何がしかの方法で店を残したい、と思ったんです。
その気持ちを直営店を統括しているメンバーに伝えたところ、「清澄白河の店舗も近く、この距離で新たな店舗をつくるのは、経営的に厳しいと思う。でも、気持ちはよく分かる。まずは、谷中に店舗を残す計画を立ててみたら」と言ってもらえて。
本多
はじめは、新車を売ることはせず、修理をメインとした店舗にしようと思ったんです。中古車の修理や改修を提供していく。すでにトーキョーバイクに乗っているユーザーが、さらにわくわくできるサービスに特化したかったんです。それこそ、新車は清澄白河の店舗で買うことができますから。
ただ、そういった僕のやりたいことを実現しようとすると、単店としての経営は大赤字になる、ということも分かって。経営的には、新車の販売を扱うことで売上を上げられる。でも、「続けるために、仕方なく新車を販売する」という形は自分の中では腑に落ちなくて、もやもやしていたんです。
ー そもそも、本多さんはどうして新車を扱うことにそこまでの違和感を覚えていたんですか?
本多
トーキョーバイクは、ありがたいことにユーザーの数が増えています。でも、実際に店頭に立ってお客様に自転車を届けていた自分は、お客様の買い物に対して満足できるサービスができているんだろうか、と感じていて。
多くの場合、自転車は購入する時が一番ハッピーなんです。
ー こんな素敵な自転車を我が家に迎えられる、と嬉しくなりますよね。
本多
そうなんです。ただ、使うにつれて、汚れたり傷ついたりしていく。そうすると愛着も徐々に薄れ、自転車への気持ちが下がっていってしまう。修理の依頼も、「パンクしてしまった」「動かなくなってしまった」という持ち込みは多いものの、「ここをカスタムしたい」といった自転車をもっと好きになるための依頼は少なくて。
本多
ああ、まさにそういうことなんです。トーキョーバイクの自転車はメンテナンスすることでより長く乗れるし、カスタムすることで楽しむ幅も増える。そのことを、自分はもっとお客様に伝えていきたい。
すでにユーザーが多い谷中だからこそ、そこに焦点を当てた店づくりにすることは意味があると思い、修理メインの店にしようと思ったんです。
ー しかし、それだけでは店として成り立ちにくい、と分かった。
本多
はい。ただ、社内でそのもやもやを相談すると、「新車を販売することは、悪いことじゃないんだよ」と言ってもらえて。
たとえば、ユーザーが修理やカスタムで訪れて、そこでよい体験を味わえた時に、友人や家族に「この自転車屋さん、とてもいいよ」とおすすめしてくださるかも知れない。店舗で新車も扱っていれば、その人はトーキョーバイクと出会えるわけです。
この店舗でさまざまな取り組みに挑戦し、そこから「トーキョーバイクって、いいな」と思った方々が、自転車と出会える受け皿になる。そして、自転車を通して街の楽しさをより味わえるようになる。
その話をして、とても腑に落ちたんです。長く愛し、使い続けるためのサポートをしながら、そこから広がる出会いにも応えていく。そう考えることで、新車を売ることへの違和感もなくなりました。
自分たちの手で自転車を回収し、次の乗り手へと繋いでいく
本多
ぐるぐると悩み続けてしまったのですが、そう言っていただけるとありがたいです。
ー そうすると、この「谷中 Soil」とほかの店舗の大きな違いは、どういった点になるんでしょうか。
「谷中 Soil」のコンセプトは、”長く使うを大切にする”。その考えを、トーキョーバイクの商品だけでなく、身の回りのことに対しても取り組んでいきます。
実際の活動のひとつに、トーキョーバイクの自転車の回収があります。回収自体はほかの3店舗でも行うのですが、最終的にはここに集まり、使えるパーツをピックアップしたり、再利用できそうな車体はメンテナンスを施して、また販売していきます。
これまでも、ただ販売するのではなく、修理やカスタムを通して長く自転車を愛用できるようなサービスを提供してきました。それでも、修理するにはコストがかかりすぎるほど傷ついてしまっていたり、引越しなどで手放さざるをえなかったりする人もいる。自転車の最後の部分、「処分」についてはお客様にお願いするしかなかったんです。
これからは、そうした自転車をトーキョーバイクで「引き取り」、次の乗り手に繋いでいきたいんです。
たとえば、この自転車も本来であれば販売できなかった商品を、メンテナンスしたものです。お客様からの引き取りではないのですが、工場から納品された際にサビが入っていたもので、通常であれば販売できません。
ー 渋い色合いの自転車ですね。
本多
もともとは、オレンジ色の車体だったんですよ。塗装を剥がし、サビも落としているので、乗る際にはまったく問題ありません。クロモリと呼ばれる鉄素材を使っており、その上から透明の塗料をつけているだけ。なので、素材の地の色が出ているんです。
ここはロウ付けと言って、真鍮でフレームとネジ穴を繋いでいる部分です。通常は塗装しているので、こうした溶接跡は隠れてしまう。でも、この自転車はそれも見えるようになっていて。
僕の乗っている自転車はフレームに傷がたくさんついているんですが、もしトーキョーバイクで回収して再活用することがあれば、そうした傷もちゃんと浮き出てくるんです。
ー 傷がちゃんと浮き出てくる、て独特な表現ですね。これまで刻まれてきた時間を大切にする、育つ自転車のような印象を受けます。
本多
ありがとうございます。こうしたコンセプトをお店の在り方からも表現していきたくて、内装は長野県諏訪市に拠点を置く ReBuilding Center JAPAN のみなさんにお願いしました。
本多
そうです。古いモノ、もう使われなくなったモノをただ処分するのではなく、現代の社会で楽しめるモノとしてアップデートしていく。彼らの活動や思想にとても共感していて、「谷中 Soil」の内装を考える際に真っ先に思い浮かんだんです。
壁や床には空き家からレスキューされた古材を用いたり、自転車のバスケットを使った
プランターを設置したりと、自転車に限らず”長く使うを大切にする”を店自体で体現していきたいと思っています。
ReBuilding Center JAPAN との改装の過程は、こちらからご覧いただけます。
「トーキョーバイクの自転車は買わないな」と思っていた
本多
もともと、トーキョーバイクに入る前は自転車の専門学校に通っていたんです。
ー そんな学校があるんですか。
本多
意外に思われますよね(笑)。組み立てに関するメカニックの部分であったり、フレームをつくるための溶接であったり、自転車をいちから作れるようにさまざまなことを学ぶ学校です。
ー それくらい、自転車が好きだったんですね。
本多
好き、ですね。ただ、どちらかと言えば自転車に「乗る」のが好きなんです。それも、レースでスピードを競うようなものではなく、自転車で旅をすることが好きで。
そんな中、たまたまトーキョーバイクの自転車をお店で見かけたんです。その時は、正直「この自転車は買わないな」と感じたんです。
本多
自転車に詳しい人は、スペックで見ることが多いんです。軽いのか、何の素材が使われているか、ギアの段数はいくつなのか、など。実際、同級生たちとの会話でも、そういった目線で自転車が語られることが多くて。
それに比べて、トーキョーバイクの自転車は目を引くようなスペックではなかったんです。オリジナルのサドルも、当時としては「無名のものを使っているな」という感覚でした。
でも、その後に知人から「トーキョーバイクの自転車が欲しいんだけど、どう思う?」と聞かれて、ちゃんと調べることにしたんです。
ー そこできちんと調べようとするところが、本多さんらしいですね。
本多
いえいえ、信頼できる知人だったので、この人が言うくらいなら何か理由があるんだろう、と思ったので。調べてみると、今までの自転車ブランドとは異なるモノづくりをしていることに気がついたんです。
「街を楽しむ」というコンセプトを持ち、自転車のカラーリングにも細かく気を使っている。思えば、僕自身も本来は自転車にスペックを求める人ではありませんでした。
高い機能の自転車に乗ることよりも、洗練されたデザインで、持っているだけでわくわくするような自転車に惹かれる。僕が求めるモノをつくっていたのはトーキョーバイクだったんだ、とそこで気がついたんです。
そんな思いを抱いている中、専門学校にトーキョーバイクの求人が掲載されたんです。
ー すごいタイミングですね。
本多
はい、まさにドンピシャで。そこで、在学中はアルバイトとしてトーキョーバイクに関わり、卒業後に社員として働くようになりました。
自転車の喜びを、街を楽しむことを分かち合いたい
本多
ああ、言われてみればそうですね。きっと、僕はいいと思ったものを伝えたい、話したがりの人間なんだと思います。たとえば、ご飯もひとりで食べるより、ふたりで「美味しいね」と言い合いながら食べる方が楽しくなる。
だから、自転車を持つ喜びもお客様に伝えたくなるんです。お店やスポットがギュッと詰まった街では、自転車がなくても生活できると思います。でも、自転車があることによって、徒歩だったらちょっと遠いお店にも行けるし、銭湯に入ったあとに浴びる夜風も最高じゃないですか。
まだトーキョーバイクに乗ったことがない方には、この自転車で街を味わう楽しさを知ってほしい。すでに乗っているユーザーには、買った後の楽しさを知ってほしい。それも、一方通行ではなく、お客様と一緒に楽しんでいきたいんです。
ー 「グリップを変えてみたいんだよね」と言われたら、「いいですね!」と相槌を打つように。
本多
そうなんです。先ほど、トーキョーバイクの自転車について「育つ」という言葉を使ってくれましたよね。「谷中 Soil」自体も、育っていく店舗にしたいんです。今回の店舗の改装も、これで完成というわけではなく、これから続いていく「谷中 Soil」のいち変化点だと捉えています。
「谷中 Soil」では、自転車の回収だけでなく、さまざまな新しい取り組みに挑戦していく予定です。もっといいお店にしたいし、もっとお客様に自転車を持つ喜びを届けていけるように、育てていきたい。
すでにトーキョーバイクを楽しんでいる方とも、これから出会う方とも、一緒になって喜びを分かちあっていきたいです。